introduction
神奈川県鎌倉市で株式会社ジーンケア研究所。新興製薬企業と共に抗がん剤や肝疾患の治療薬を開発しています。バイオテクノロジーによる創薬開発は10年単位の時間がかかるもの。実験と検証を繰り返し、安全な薬ができるまでにはいくつものフェーズを重ねなければなりません。一般的に製薬会社との様々な契約に伴う売上は時期や間隔が不規則なため、 売上の見込みが不安定な時期もあるそうですが、自社の実験設備をCo-LABO MAKER経由で外部に貸し出すことで安定的な収益の柱を作っています。株式会社ジーンケア研究所の企業概要とこれまでについて代表取締役の高橋直也さんと、取締役で農学博士の六川玖治さんに話を聞きました。
大手製薬会社とタッグを組んで創薬開発を行うジーンケア研究所
――まず、御社の事業概要について教えてください。
高橋直也さん:株式会社ジーンケア研究所は創薬と医療技術の研究開発を行う会社です。2000年に設立され以降、長年抗がん剤や肝疾患治療薬の研究開発を行ってきました。私自身は金融業界から転籍して2015年から社長を務めています。
六川玖治さん:私は取締役として研究開発を統括しています。東北大学の農学部を卒業後、ヤマサ醤油で酵素の研究を行い、その後東芝の医療機器事業部で生化学自動分析装置の技術開発を行いジーンケア研究所に入社しました。そして創業者から社長を受け継ぎ、2015年に高橋さんにバトンタッチをしています。
高橋さん:弊社が研究している抗がん剤は、デオキシリボ核酸(DNA)とリボ核酸(RNA)の総称である核酸を利用して、がんの原因となる遺伝子のmRNAを分解するものです。mRNAは新型コロナウイルスのワクチンでも話題になりましたが、創業者はmRNAの5’末端のキャップ構造を発見した第一人者でもあります。大きなポイントは、これまでの抗がん剤と比べて副作用がほとんどないことです。その理由としては、特定の遺伝子のmRNAに作用すること、更に、がん細胞以外の正常な細胞への影響がほとんどないことが挙げられます。
また肝臓の薬についてですが、これまで健康診断で肝臓の数値がどんなに悪くても、医師から処方される薬はありませんでした。肝臓がんの場合には抗がん剤がありますが、その手前の肝硬変や肝炎に効く薬はなかったのです。アルコール性の肝炎はよく知られていますが……。普段からお酒を飲むわけではない方が非アルコール性の肝炎になるケースがあります。そんな病変に向けて肝臓の数値を改善する薬を新興製薬企業と協力を行い、実験を行っています。
創薬は開発タームが長いので、経営が難しい
――創薬バイオという事業領域での経営について教えてください。
高橋さん: 創薬は実際に薬が出来上がるまで非常に時間がかかります。薬の候補となる新規物質の発見と創製の基礎研究を経て、有効性と安全性を検証する非臨床試験。そして、人を対象として臨床試験を行います。臨床試験にはフェーズⅠからフェーズⅢまでありますが、フェーズⅠが少数の健康な人を対象に副作用など安全性を確認します。フェーズⅡで少数の患者さんに対して有効か、投薬量や投薬方法を確認。フェーズⅢで多数の患者さんに投薬して既存薬と比較してその効果を検証します。この臨床試験を経て厚生労働省へ承認申請を行い、専門家による審査を通れば販売となっていきます。一連の流れによっては10年単位で時間がかかることも珍しくありません。
薬自体は細胞に正しく狙ったとおりに作用する薬が出来たとしても……。体に投薬した結果、狙っている細胞に向けて効果が出ないことがあります。例えば、静脈注射をしたらほぼ肝臓に吸収されてしまったり、経口薬で服薬をした際のカプセルの調合によっては薬の効きが悪くなったりするもの。また、それぞれのフェーズに於いて厚生労働省の認可を得るための様々な試験データをしっかりと準備しなければなりません。
近年、創薬の領域では狙っている細胞に対して薬を届ける技術ができたために弊社の創薬も非常にフェーズが進みました。ただ、製薬会社とアライアンスを組んで契約をまとめるまでの期間が長引いたりすると、その間は売上が立たず、経営的には苦しい局面を強いられたりします。
六川さん:政府によるバイオベンチャー向けの補助金や助成制度もありますが……。なかなか弊社のような小さな会社が研究実績と効果をアピールしても、採択されないこともあり、忸怩たる想いをしたことも少なくありません。
高橋さん:加えて、バイオベンチャーにおいては株式市場からの資金調達にも制限がかかっています。2000年代にバイオブームがありさまざまなバイオ企業が大量に株式上場したこともあり、東京証券取引所はバイオベンチャーに対して厳しい上場制限をかけています。臨床試験がフェーズⅡの前半を終了していなければ上場申請が許されません。ところが、それまでには30億円程度の開発費が必要になります。この上場申請までのフェーズでこそ一番資金が必要かつ、市場から調達できると望ましいです。ですがこの上場制限では、上場できるバイオベンチャーはほぼいないような状況になってしまっているのです。
ですから、受託研究など製薬会社からの収益の空白期間で新たな売上を確保しつつ、運転資金を得ることには頭を悩ませていました。金融業界出資の私が、いわゆる「片道切符」で弊社の経営を任されたのは、創薬ベンチャーがこのように特殊な財務構造を抱えていることも理由の一つです。売上自体は年度によってさまざまですが安定しない年もありました。
空いている実験設備を外部へ貸し出して有効活用
――Co-LABO MAKERをどのように知り、実施を検討したのでしょうか?
六川:Co-LABO MAKERさんからご連絡を頂いたように思います。実は私とCo-LABO MAKERの古谷さんとは東北大の同窓ですから、ご連絡を頂いて親近感を持っていました。また古谷さんから丁寧に説明を受けていましたね。
高橋:もともと弊社も「BIOJAPAN」といった展示会に出展したり、神奈川県のバイオ関連企業の集まりに参加したりして、外部パートナーが自社の実験設備を使ってもらう施策は行っていました。ただ、弊社は10人弱の非常に小さな規模ですから、専任の営業担当を置くわけにもいかず、片手間に伝手を頼って貸し出していた状況です。もちろん、展示会に出展するのにも費用はかかりますから、そのコストに見合うお客様と出会えるかという課題感もありました。
ジーンケア研究所のクリーンベンチ。3台中2台が空いている
そんな折に創業したばかりのCo-LABO MAKERさんと出会いました。その頃はちょうど、弊社でメインにしている抗がん剤も次のフェーズに移ったタイミングでした。これまでよりも、実験設備を使わずに小規模にできることが見込めていましたから渡りに船だったのを覚えています。
バイオベンチャーにも装置や研究員の有無によって、できる領域に得手不得手があります。化学合成は出来ても細胞実験で評価することができない企業さまから、合成したサンプルを送ってもらい弊社で評価検証を行ったりしています。
六川:弊社には細胞培養に用いるクリーンベンチが3台、細胞を一定の温度に保つインキュベーターも4台あります。弊社で常に使うのはそれぞれ1台ですから、余っている装置はお貸しできます。またマイナス150℃で保管ができるフリーザーがあります。評価するためのがん細胞を扱う海外のセルバンクから購入したチューブ1本の細胞を、弊社で継代培養して数百本のチューブを保管しています。ですから、開発の過程で常に同じ品質のがん細胞での評価ができます。このチューブ1本というのは1回の細胞実験や動物実験で使い切る量です。この評価実験は医薬品開発における動物実験などの非臨床試験を受託している専門のCRO(開発業務受託機関)企業に委託すると、1~2週間の実験で、数百万円単位のコストが掛かったりします。
マイナス150℃で細胞の保存が可能なフリーザー
でも、弊社のようなラボに依頼を頂ければ人件費工数で精算できますから、より廉価にご提供できます。クライアントからは研究員の腕が良いと評価を頂いていたり、鎌倉市内で湘南モノレールの駅から徒歩数分という立地でアクセスしやすいのもご好評いただけています。
高橋:Co-LABO MAKER経由で実験設備を貸し出したことによって、事業上の収益も非常に安定しました。非常に助かっていますね。製薬会社との契約で得られる売上は「動物実験用」「分析解析用」など、弊社からさらに外部パートナーに検査等で依頼するものなので、資金使途が決まっていたりします。ラボシェアによって弊社の資金を獲得できるのは有り難い存在です。
――Co-LABO MAKERを利用したことのない企業に向けてメッセージをお願い致します。
高橋:今後、バイオの領域は薬学医学の研究者だけでなく、工学や理学の研究者も一緒に手を取り合って取り組んでいかなければいけないと思っています。自前の研究室だけではできない実験や評価が出てくるはず。助け合ってさまざまなコラボレーションに取り組んでいくことが必要かと思います。
私は前職の上司に「何を知っているか、よりも“誰”を知っているかが大事だ」と言われた言葉を今でも覚えています。困ったときや問題が起きたときに専門書やネットで調べるのは一つの方法ですが、「この人に聞けば分かるだろうな」というネットワークを持っておくこと。色々なお付き合いを増やしていくかが大事だと思います。ただ、同じ分野で共同研究をしているなかで固まってしまうので、自分たちのネットワークに限度があり、繋がりにくい領域があるのも課題です。自分たちのネットワークを飛び越えて、繋がりを作ってくれるのがCo-LABO MAKERだと思います。