アカデミア

大学一丸となり推進する”設備共用”、大学経営の視点から語る未来とは

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introduction

大学設備の共用化のガイドラインが文部科学省から出されており、設備共用の流れが加速しています。事例・課題共に急増しているなか、第一人者である東京工業大学総括理事・副学長特別補佐、企画本部戦略的経営室の江端新吾教授を訪問しました。江端先生は共用化の仕組み作りと実践を大学からの視点および内閣府・文科省等の政府の視点双方から取り組まれております。Co-LABO MAKER代表の古谷が設備共用推進の今までとこれからについて伺いました。

東工大の経営戦略を策定しつつ、政府の政策立案にも携わる

古谷:本日はお忙しいなかお時間いただきありがとうございます。まず、知らない方のために、現在の役割についてお話しいただけますでしょうか?

江端:私は東京工業大学の総括理事・副学長の特別補佐という立場で、東工大の経営戦略室の専任教授として業務を行っています。具体的には、大学全体の将来構想を企画する本部で、特に大学の経営戦略を作っています。簡単に言えば、企業における経営企画のような立場ですが、国立大学法人なので常に国と議論をしながら進めています。昨今では、東工大でオープンファシリティセンターを立ち上げて、組織改革と人とモノをつなぐ改革を行いました。

また、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の事務局で上席科学技術政策フェローとして勤務もしています。科学技術・イノベーション基本計画を作ったり、エビデンスベースマネジメントが今盛んに唱えられていますが、内閣府のエビデンスシステム「e-CSTI」の開発のサポートを行っています。 さらに、文部科学省の科学技術・学術審議会研究開発基盤部会の委員も務めています。研究基盤の共用化を推進するためのガイドラインの検討会の座長を務めたりもしました。一方では東工大内で戦略を作り、一方では現場の経験を活かし国の政策立案のサポートも行っています。

どんなに研究者が優秀でも、研究基盤が整ってなければ成果は出ない

古谷:江端先生のご経歴についても、お伺いしてもよろしいですか?

江端:もともとは宇宙化学の研究をしていました。小惑星探査機「はやぶさ」のリターンサンプルを分析するチームにいました。当時、北海道大学にしかなかった同位体分析顕微鏡という唯一無二の装置があり、はやぶさが持ち帰ったサンプルがどのような特徴を持った物質だったのかなどを同定する研究です。私自身は次世代型の同位体分析顕微鏡の開発を行っていました。博士号を取った論文では同位体顕微鏡を使った新たな分析手法の開発を行い、太陽系外由来の物質(プレソーラー粒子)を発見したという内容です。微小領域の研究が得意ですね。

世界に数台しか無い設備を使った研究室でずっと研究をしていましたから、私自身も研究機器や設備にはすごく思い入れがあります。そもそもその設備自体が希少だと、多くの様々な分野の研究者の利用ニーズがあるので、設備は1日24時間でフルに予約が入っていたりします。分析をするための機器の調整が非常に難しいので、三日三晩寝ずに分析をしたような、今では考えられないようなことをしていた記憶があります。また、設備から、異音や異臭がするといったトラブルも時折起こります。そのような最先端の装置ですから、自分の感覚を研ぎ澄ませて、分析にかからなければなりません。

ただ、どんなに優秀な研究者でも研究基盤がきちんと揃っていないと成果なんて出せないと思っています。もちろん、知恵やアイディアによって気づくパターンもあるでしょうが。ちゃんと研究環境と研究ツールが合った上でみなさん研究を行っているので、環境を整えることが絶対に必須です。 北海道大学で博士を取得後、ポスドクで大阪大学に移り、その後は北海道大学で助教として次世代型の同位体分析顕微鏡を行ったのちに、研究担当の理事の元で大学の研究戦略を企画立案する部署に研究者から転身しました。北海道大学では「グローバルファシリティセンター」という機器共用の促進だけではなく、保有する高度な研究機器や分析技術を活用した、国際的な教育、人材育成拠点とする新たな組織を作りました。そこで、文科省と共催イベントなどを行い、全国の大学のネットワークを構築して、各大学の共用化の連携をしていくことを始めました。現在は大学と政府の双方から設備共用化を発展させた「研究環境改革」を行っています。

古谷:私が江端先生に最初にお会いしたのは、江端先生がそんな活動を始められた頃でしたね。Co-LABO MAKERを立ち上げたばかりの2017年に農工大での「設備サポートセンター整備事業」のイベントでお会いしたのが最初だったかと思います。

江端:そうでしたね。国も大学も費用を出してもらった上で、成果を出しているのにその成果をアピールできていない。それを声高にいうシンポジウムを立ち上げて全国の大学を回っている頃ですね。

国の共用化の指針は80点……120点にするには

古谷:そのシンポジウムで聞いた北大の「グローバルファシリティセンター」も、国が仕掛けて作ったものではなく、研究者がボトムアップで立ち上げたと聞き「これ、よく立ち上げたな」と感じました。中古の機器で使っていないモノがあると大学では「緊急性が低いため廃棄しましょう」となります。でも、特殊な器械ですから捨てるためには輸送に数百万円単位のコストが掛かったりする。

また、機器だけではなく技術職員の方を束ねてキャリアを作っていける動きをされていたことも印象的でした。国が主導になると研究者目線からはズレて80点になってしまうこともある。江端先生の実施は80点を遥かに超えて120点のモノを作り出した印象がありました。

江端:こういった取り組みができたのは、もちろん、研究予算が潤沢なことも重要ですが、仕組みづくりをきちんと行える人材が重要です。

私の上司にあたる理事からのバックアップに加え、北大は横のつながりが強く、技術職員や事務職員の皆さんにもご理解を頂き、大変でしたがみんなで楽しみながら仕事ができました。設備共用ガイドラインでは「チーム共用」と言っていますが、研究者と技術職員と事務職員、そして役員がチームを組んで一体になって制度を作っていくことができ、たびたび好事例としても取り上げていただけるように、全国でも唯一無二の取り組みが行える素晴らしい組織になったと思います。

古谷:研究者“だけ”が頑張れば、設備共用化ができるわけなく、実際に手続きを行う事務局の職員さんや、大学の理事などマネジメントレベルの理解を経て、設備共用化は実現されるということですよね。各レイヤーに対してのコミュニケーション能力と政治力をかけ合わせた“胆力”を兼ね備えていないと実現できないと思います。みなさん、設備共用に対して課題感はお持ちですが、やっぱり途中でハードルの高さゆえに心が折れてしまうんですよね。

江端:自分ひとりでは実現できませんでした。色々な仲間がいて、一緒になって大きな課題に取り組んで解決していくプロセスをみんなで共有できたのは大きかったと思います。

私の恩師の先生の教えで「ひたすら自分のサイエンスを信じろ」と言われ続けてきました。ロジックで突き進む。誰がなんと言おうと、自分のロジックが正しければそれを突き通すこと。それを補完するための実験をいかにやるかが研究では鍵です。サイエンスではロジックが通じれば、誰しもが納得せざる得ない圧倒的な成果になります。実際それを私も何度も目の当たりにしてきました。

その意味では、大学では「筋の通っていること」は通ります。きちんと説明して、納得すれば反論はほとんどきません。でも、反論できる要素があれば、何か言われる。ディスカッションしてより筋が良くなれば納得して通る。さらにこれにマネジメントの重要な要素である対話ができる環境が醸成されていたら完璧です。東工大は2024年秋に東京医科歯科大と統合して、新大学となる東京科学大学になりますが、これが了承されたのは、東工大がロジックで健全に議論ができる大学だったからだと思っています。

私はCo-LABO MAKERというチームに技術顧問という形で参画していますが、国や大学ができないことを民間企業が後押ししていくことも必要です。古谷さんには「このままの仕組みではできないよ」と常に厳しい助言はしてきたと思います。やっぱり、日本の科学技術がより発展するためには、「ウチの大学だけ、共用化ができているからいい」では駄目だと思っています。

日本の科学技術をより発展させるために

古谷:現在、Co-LABO MAKERを通じたラボシェアの実績も増えてきています。今後、どのように展開して行くと良いか、江端先生の見解もお伺いしたいです。

江端:我が国全体のマインドセットが変わっていくことが重要だと思います。私は東工大に着任して新たなコアファシリティの仕組みを立ち上げましたが、これを東工大に止まらずいかに全国の大学に広めるかが必要です。そこで、実現に向けた新たな一歩として一般社団法人研究基盤協議会を立ち上げました。研究基盤はすべて共用化すればいいというものでは有りません。必要なモノは自大学で持ち、シェアするものはシェア。切り分けが重要だと思います。

とはいえ、各大学はまずどんな機器があり、どれぐらい稼働して研究に使われているかが見えていない。まずは、設備共用ガイドラインでも提言されているとおり、状況を把握し、何を共用化するのかを決め、「戦略的整備設備・運用計画」を策定し、それを実行することが必要です。

研究設備を共用化し稼働させるためには人財育成も必要です。グローバルに活躍できるような研究基盤を最大限活かせる人財の育成。そのためにTCカレッジという高度な技術職員を育成する仕組みも作っています。

古谷:実際に大学が持っている機器を把握して、共用化すべき機器を定め、大学経営戦略のなかに位置づけて、共用化の仕組みを回していく。不必要な機器が出てきた際にはリサイクルや中古販売に回せれば新しい動きにも繋がりますね。江端先生、これからもよろしくお願いたします!

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