introduction
カーディナルヘルスと大学発スタートアップ株式会社ミルイオンがCo-LABO MAKERを活用し、医療用ゴム手袋に塗布された保湿成分の人工膜への浸透評価に関する論文を発表しました。手袋の保湿効果を確かめた実験にはミルイオンの「質量分析イメージング」という技術を用いています。ミルイオンCEOの小竹和樹さんとCTOの大阪大学大学院工学研究科の新間秀一准教授に「質量分析イメージングとはどのような技術なのか」「Co-LABO MAKERでのマッチングの体験」について聞きました。聞き手はCo-LABO MAKERの代表古谷です。
見えなかった分子が見える質量分析イメージング
古谷:ミルイオンさまの会社概要についてと、新間秀一先生の研究内容についてお聞かせ下さい。
小竹:ミルイオンは「質量分析イメージング」(MSI:mass spectrometry imaging)の受託分析を行う大学発スタートアップ企業です。私自身は新間先生とは全然違う学部に在籍していたのですが、たまたま偶然に出会い、大学内に起業を支援するプログラムがあったのも後押しして、オファーを頂き2019年に創業しました。
新間:「質量分析イメージング」とは薄く切った試料表面を前処理し、質量分析という分析法を用いて試料表面に存在する成分をイオン化し、その分布情報を可視化する手法です。見る対象は分子量が1000以下のモノ。例えば、マウスの脳でドーパミンやノルアドレナリンが出ているか、ガン細胞の組織にガン固有のマーカーがあるか、アミノ酸の中でもグリシンがあるか、といった分子でしょうか。顕微鏡よりも細かいものをどこにどんな分子があるのかを分析できるのです。タンパク質など分子量の大きなモノは扱いません。
古谷:今まで見えなかったものが、見えるようになる。非常に画期的ですね。普段はどのようなクライアントが多く、どのように営業活動を行っているのでしょうか。
小竹:主なお客さまは大学などの研究機関から、製薬企業、食品企業、農薬メーカーなど多くのお客様から引き合いを頂いていますね。ただ、「質量分析イメージング」と聞いても何が分析できるかを理解している企業は多くありません。まだこの分析手法自体が知られていないこともあり市場を作りに行くイメージです。営業代理店を通しても自社の技術をしっかり理解して売ってもらえるとは限らないので、直接企業の方にDMをお送りして案件をいただくことが多かったです。
古谷:お客様と直接やり取りが多いなかでの今回のCo-LABO MAKERでのマッチングだったのですね。
小竹:ええ。今回Co-LABO MAKERで大々的に紹介していただいたおかげで、これまでアプローチし切れていなかった潜在的ニーズにもアプローチできました。その結果、カーディナルヘルスさまの受注にもつながったので非常に助かりました。
人工皮膚膜を用いて保湿剤が浸透したかを見る実験
古谷:今回のCo-LABO MAKERを通じた受託試験についても教えて下さい。
小竹:カーディナルヘルスさんの保湿剤が付いた医療用ゴム手袋で、着用後に保湿効果があるかをイオン化して分析し、実際に論文としても掲載がされました。
新間:今回は人工皮膚膜を用いて、手袋の有効成分がどのように皮膚へ浸透していったかを分析しました。人工皮膚膜を使っての浸透実験は今まであまり例がなかったので「論文にできるだろうな」という感覚はありましたね。昨今、化粧品の領域でも動物実験が禁止されてきています。ですから、今後人工皮膚膜を用いた実験はニーズがあると思っています。
古谷:今回の実験で難しかった点などはあったのでしょうか。
新間:実は実験自体はかなりチャレンジングでした。というのも、イオン化するためにはサンプルの前処理が重要です。ただグリセロールC₃H₈O₃の構造は非常に単純です。官能基がOHしかないので誘導体化する選択肢が多くありません。複雑な構造のほうが、いくつか方法を試せるので実は容易だったりします。
とはいえ、我々も経験を積み高い技術力を持っていますから、しっかり結果が出て良かったですね。一つの手法がダメだったとき、いかに似た論文を早く見つけて別案を考えて軌道修正をするか。それが高い技術力に繋がっていくと思います。実は手前味噌ではありますが、ミルイオンと同じ分析内容を海外企業に依頼すると見積もりが10倍違う、という話もあったりするくらいです。
古谷:Co-LABO MAKER経由の依頼を受けたときの印象はどうでしたか?
小竹:代理店経由での依頼は弊社の技術に疎い方からのお話だったりすることも少なくありません。でも今回、間に入ってくださったCo-LABO MAKERの担当者さんはしっかりと技術にも明るく、手厚くフォローをしていただきました。非常にやり取りはスムーズだったと思います。
古谷:そう仰っていただいて何よりです。Co-LABO MAKERは科学のバックグラウンドのある人材がマッチングを行っています。この点も弊社のサービスのクオリティを上げるために心がけているところですね。
ちなみに、今後どのような方や企業さまにCo-LABO MAKERをオススメしたいか等ありますか?
小竹:大学には非常に尖った技術を持っている先生や研究室も多いかと思います。他方でそれを広く宣伝できるかというとリソースが限られてしまいます。Co-LABO MAKERに登録して「こんな技術があります」というのを発信できると、企業や大学でのニーズを探索できるかもしれません。共同研究先を探している研究者などはCo-LABO MAKERへの登録をすればアプローチしやすくなるように思います。
新たなクライアントと新しい領域を見つけていきたい。
古谷:今後の事業の展望についてお聞かせ下さい。
小竹:正直、外資系企業が日本国内で委託実験をする印象がなかったので「こんな案件や需要があるのか」と驚きました。弊社は現在、予算が豊富で結果を求める製薬企業などが主なクライアントですが、外資系企業や大企業で新規事業に携わる方へ向けたメニューなどさまざまな展開ができる可能性を感じています。
大型の装置を所有するのはコストがかかりますが、外部リソースをレンタルして分析をしたい方にとってはCo-LABO MAKERはもってこいのサービスなのではないでしょうか。科学に根ざした方が翻訳者になってくれて議論ができるのも一つの価値だと思います。
新間:ミルイオンではさまざまな分子が見えるようになりますから、これまで対象にしてこなかった領域で何がどのように分布しているかが見えますし、弊社は実験データをそのままお渡ししているので論文も書けると思います。共同研究を探している方などにも良いかもしれませんね。
古谷:確かに。若手の研究者にとってはミルイオンを活用すれば論文を非常に書きやすいと思います。ちなみに新間先生の研究は今後どんな展開を考えているのでしょうか。
新間:私自身の研究でいえば、免疫学と絡めた研究をしていきたいですね。これまでガン細胞などを対象とした質量分析イメージングを行ってきましたが、自己免疫疾患や神経変性疾患での分子がどうなっているかという点にも切り込んでいきたいです。
古谷:先生の今後の研究も楽しみです。御社の一助になれて、Co-LABO MAKERとしても嬉しいです。今日は貴重なお話をありがとうございました。
撮影協力:大阪大学